MAIN文豪ストレイドッグス短編

い、ち、ご

 苺を貰った。それも沢山。
 太宰は一粒手に取ってしげしげと眺める。
 つやつやした真っ赤な苺。少しだけ歪な形をした三角形。人差し指の、指の腹でちょんと先っぽを撫で、つうと輪郭をなぞる。
「食いもんで遊ぶな」
と、中原が言った。唇をへの字に曲げてヘーゼルの瞳を不機嫌そうに細めている。
「遊んでるわけじゃないよ。ネチネチ五月蝿いなあ。小姑みたいだ」
小馬鹿にしたように笑いながら言ってやれば、射殺さんばかりの視線が送られる。
「大怪我しちゃった中也に食べさせてあげようと思っただけさ」
その言葉に中原は居心地悪そうに寝台の上を身じろぎした。

 中原は先の作戦中に怪我を追った。両腕と右足を骨折し寝台の上で大人しくしていることを義務付けられた哀れな暴れ馬。太宰は盛大に揶揄かってやろうと彼の病室へスキップしながら訪れたのだった。あわよくば、彼が見舞いの品として頂戴したものでも食べてやろうとも思っていた。そして病室にあったのが苺というわけだ。
 だがしかし、太宰は不満だった。病室に現れた太宰を見た中原のぎょっとした顔には満足したものの、病室にあった苺を指して「これ、貰うね。全部」と言ってやったら中原はあっけらかんと「いいぜ」と頷いたからだ。違う、そうじゃない。太宰は中原が怒鳴りつけるところが見たかったのだ。
「先輩の一人から山のように貰ったから、やる」
「……………はあ?」
「だから、手前にやるって言ってんだよ。感謝しろ糞太宰」
ふふんと得意げな顔をする中原に、太宰の中でスイッチが入った。
(………作戦変更)
絶対にこのチビを辱めてやるのだと闘志を燃やした瞬間だった。

「ほら、お食べよ。あーん」
 口もとに苺を差し出してやる。中原はぽかんとそれを見た。何がしたいのかさっぱり分からないといった顔だった。
「ほらほら。君、今は両手使えないでしょう?食べさせてあげるって言ってるのだよ。
 …………でも、これだとまるで……ふふっ、餌付けみたいだねえ!君にぴったりだ!!」
苺が食べたかったら『わん』って三回吠えてみたまえ、と加えることも忘れない。
「てっめえ………!!」
 ぷるぷる震えながら怒りをあらわにする中原にわくわくしながら太宰はぱくりと苺を口に運ぶ。
「あっ!おい何食ってるんだよ!」
「ん〜美味しい!」

 ほらほら食べさせてあげる、と太宰はにやにやと笑いながら苺を差し出す。中原は反抗するようにきゅ、と唇が引き結んだ。そしてふんっと鼻息を荒くする。太宰はむっとしてぐいと唇に苺を押し付けた。
 中原がこの態度をとるときは、決まって太宰を無視しようと決めたときだった。
(そんなつまらない事、絶対にさせない)
太宰は唇にぐいぐいと押し付け続けながら、なんとか彼の口を開かせようと躍起になった。
「食べないの」
「………………」
「人から貰ったものなのに?」
「……………………」
「…………礼儀知らず」
ぼそりと呟かれた言葉に中原が目を吊り上げた。来た、と太宰はほくそ笑む。

 しかし、なにを思ったのか中原はひょいと方眉を上げて太宰と苺を見比べると口をすぼめ、ちゅと差し出された苺の先っぽにキスをした。ぎょっとしてびくりと肩を揺らす太宰に見向きもせずに二、三回それを繰り返す。やがて控えめに舌を出すと舌先でつるんとした苺の先端を舐め、ぐりぐりと押し付け始めた。
 太宰はきぃぃん、と、耳鳴りがして、思わず眉をしかめる。薄らと開いた口からちろちろと覗かせる舌が、やけに赤く見えた。咥内に唾液が溢れごくりと飲み込む。はあ、と小さくため息をもらすと中原がちらりと上目遣いに太宰を見た。挑戦的な色をのせたヘーゼルが三日月を描く。ふ、と苺を摘む指に生温かい吐息がかかる。ぞわぞわとしたものが背筋を這い回った。
 嘲笑われた屈辱に、いっそこの苺を喉に突っ込んでやろうかと思った矢先、中原がずるりと苺の一番膨らんだ部分まで舌をのばした。果実を乗せるように舌を這わせたまま器用にぐるんと舐め回す。何度も、何度も、見せつけるようにねっとりと中原はそれを繰り返した。
 小首を傾げるようにしながら舌をうねらせ「んっ」とわざとらしく声をもらす姿が憎らしかった。果実越しの感覚や、指先に感じる吐息の生温かさが酷く気持ちが悪かった。それなのに、身じろぎする太宰を見る中原の瞳に石にされてしまって動けない。
 中原はぴちゃぴちゃと音を立てながら舌を踊らせ、かぷりと歯をたてる。そして喉の奥でくくっと笑い、ぱくりと太宰の指ごと果実を頬張った。
「ちょっ、……!」
焦ったように太宰は声をあげる。果実ごと咥内に招き入れられ、中の温かさと咀嚼されぐちゃぐちゃになった果実の感触にぶわりと汗が出た。ごくんと飲みほした中原は咥内の太宰の指に舌を這わせる。
 温かく柔らかい肉がうねり指を圧迫し、ぢゅうと吸われた。ぴくりと指を震わせれば、それを咎めるようにぎりりと歯を立てられ、舌先でちろちろと舐められる。
 潤んだ中原の瞳は太宰をとらえて嗜虐の色をのせた。そして頭を動かして指のつけ根まで咥え、ゆっくりと指先までを唇で扱くようにしながら吸い上げ解放する。
「なあ、もう一個、食べさせろよ」
そう言って中原は、かぱりと口を開けて真っ赤な舌を差し出した。

 太宰はくらりと目眩がした。
 目の前の赤しか目に入ってこなかった。

fin.