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キャラメル三つ

 中原中也は鬱陶しい人だった。
 当時の芥川龍之介にとって太宰に認められることが全てで、世界は太宰と妹で構築されていた。それ以外のものはハリボテであった。

 よって、中原中也という存在は『太宰さんの相棒』でしかなかった。

 相棒とはなんぞや。芥川には分からなかった。太宰に訊いても教えてくれなかった。

 芥川が中原の事を下働きの少年だと勘違いした時には「太宰の丁稚のくせしてナメた口きくんじゃねえぞ」と凄まれた。その時はちょっとムカついたし太宰は中原のことを犬だというのだから『丁稚』ではないのかとすら思った。
 それからというもの、中原は彼自身の気が向いた時に芥川兄妹に絡んでくるのだ。ただし、たいていが「コレやる」と食べ物を押し付けるか「最近、太宰の野郎に嫌がらせされてねえか」と心配してる風に始まる愚痴を話すかの二択だった。ゆえに実のところ、芥川は非常に迷惑していて鬱陶しいと思っていた。

 しかし、芥川は中原の強さには圧倒されていた。羨望すら感じていたのだ。
 そうか。太宰に認められる為には、『相棒』になる為には、彼ほどに強くならなくては。そう思った。それを太宰に言うと「君は中也の代わりにはならないよ」と嘲笑われたが。

「だいたい、相棒の意味を分かっていないだろう?
 相棒になるっていうのはねえ、君。全てを知ることだよ。呼吸も思考も限界も可能性も、身体の隅々まで知ることだ」
まるで歌うように太宰はそう言った。
「では、太宰さんは全てを知っていると?」
「勿論さ」
「中也さんも?」
「………中也は馬鹿だから」
 やっぱり芥川に『相棒』は分からなかった。
 中原中也のように太宰に並び立つことはきっと、許されないのだろうということは分かった。

 

 ある日、中原が芥川に「ほらよ」とキャラメルをくれた。たまたま太宰に着いていったら尾崎紅葉に連れられた中原がいたのだ。
 太宰と尾崎は屋敷の中に消えていき、中原と芥川は庭で待つように言われた。二人は所在無さげに縁側に並んで座っている。
「あの、太宰さんは、」
「ありがとうございます、だろ?」
太宰さんは何の用でここに、という言葉は中原に遮られる。
「…………ありがとうございます」
「幹部同士の会合だ。詮索するな」
何で手前を連れてきたのかは知らねえよ、そう言ってもう片方の手に「妹の分な」と銀紙に包まれたキャラメルを握らせた。
 やっぱりちょっと鬱陶しかった。

「キャラメルな、前歯の裏にくっつけて食うんだよ。そうするとずっと甘くて長持ちするんだ」
子どもみたいな声に驚いて中原を見る。
「疲れたときとかに一粒、食うと頭が痛くなるぐらい甘く感じる」
芥川はぱちぱちと瞬きをして「はい」と言った。
「気張っていけよ」
「はい」
「太宰の野郎に負けんなよ」
「…………はい」
 最後に中原はもう一つ、キャラメルを芥川に渡した。