MAIN文豪ストレイドッグス短編

性悪猫の悪戯

帽子屋とチェシャ猫は仲が悪い。チェシャ猫は帽子屋の事を「マッドハッター」つまりはイカれ帽子屋と呼び、帽子屋はチェシャ猫のことを気狂い猫と呼んだ。
彼らはいつでも喧嘩ばかりでワンダーランドはそんな二人を呆れ顔で放置していたものだった。

例えば帽子屋は茶会を邪魔するチェシャ猫に一泡吹かせてやろうと「ピンクの象が見えるようになるキノコ」を混ぜたクッキーを無理矢理食べさせようとし、逆に「いかがわしいお薬」が混ざった紅茶を飲まされることもあった。
そんな風に二人は仲睦まじく毎日毎日飽きもせずに御茶会と喧嘩を繰り返し乳繰り合っていたのだ。

実のところ二人は恋人であり、恋人であるから世界一嫌いだと言って憚らない。
「太宰さんがそんなに誰かを嫌うだなんて、珍しいですよね」
虎人間の中島が興味深そうに鼻をひくひくとさせると太宰は恥ずかしそうに顔を赤くさせて首を取り外しパッと姿を消した。首だけになった太宰はゴホンと咳払いをして、中原が如何にマッドな帽子屋であるかを語る。それはもう、うっとりと。
「……惚気けですか?」
「やだなあ!惚気けだなんて!」
太宰はぴょこぴょこと首を跳ねさせ(とても不気味な光景だったと後に中島は語る)主張する。

「そうだ、敦くん。ちょっと頼まれてほしいことがあるんだけれど」
その時、中島はものすごく嫌な予感がした。この流れはよろしくない。ああ、とてもよろしくないのだ。
「ワンダーランドの西の果てにある“白のクイーンの街”から“ドラゴンの涙”を買ってきてくれないかい?
 あれを中也に飲ませるとね、とっても―――」
太宰はチラと中島を見てチェシャ猫らしく唇を三日月のように吊り上げた。中島は思わずごくりと生唾を飲み込む。
緊張のあまり鼻の先から虎になりかけている中島にニヤニヤと笑いながら太宰は内緒話でもするように続きを口にした。

「あれを中也に飲ませると、とっても“ふにゃふにゃ”になって、中が“ふわふわ”になるんだ。
 しかも“色んなもの”が“甘く”なって中也自身も“酔っ払って”“イイ気分”になってしまうのさ。
 ね、とっても“ステキ”な薬だろう?!」

パチンと音を立てて太宰の体が現れ頭が正しい場所に戻される。ね、これでどうかな。そう言って太宰が中島の手に持たせたのは小さな茶碗。
「命令した料理が現れる魔法の茶碗だ」
「ドラゴンの涙、買ってきます」
中島の決断は早かった。
ごめんなさい中原中也さん、恨むなら太宰さんと恋人になった貴方の男の趣味を恨んでください。僕は悪くない。

ぎゅっと魔法の茶碗を抱えて、満面の笑みで「善は急げですね!」と西へ駆ける一頭の虎。
「さすが、虎は足が早いなあ」というのんびりとしたチェシャ猫の声はむしゃむしゃと小鳥に食べられた。

 怒り狂った帽子屋が虎皮の帽子を作らんと狩に出たという噂がたったのはその数日後のことであった。

fin.