MAIN文豪ストレイドッグス短編

猫に九生あり

 にゃあ、と鳴いてみせろと言われた。
 ひょいと片眉を上げて中原を見る。彼はにやにやと人の悪そうな笑みを浮かべて「にゃあって言ってみろよ」と繰り返した。
 太宰は、ああ、酔っているんだなと溜め息をつく。この相棒は酒に弱く絡み癖があるのだ。「おらおら鳴いてみろぉ」などと言いながら、何が楽しいのかけらけら笑う中原は正直面倒くさい。
「聞いてんのか、てめぇ」
「はいはい聞いてますよー」
投げやりに返せば「ちゃんと聞けー」と更に絡まれた。
「酔っ払って私の家までおしかけて、オマケに私のことを侮辱して、君って本当に最悪だね」
「てめぇの厭そーな顔みるの、最高だな」
 中原はヘーゼルの瞳を三日月にさせて、ソファに座る太宰に跨るようにのしかかる。そして太宰の頭に鎮座する二つの黒い三角形をするすると撫でた。ピクピクと動くそれは太宰の耳だった。

 太宰治は猫だ。
 猫は九つの魂を持ち九回転生できる。何度も転生していくうちに猫以外の動物――例えばヒトにでも転生できるようになるのだ。
 太宰は猫生ニ回目の駆け出し猫なのだ。駆け出しであるにもかかわらずこうしてヒトのオスとして転生したのは猫界の中でも異例中の異例である。しかし彼の転生は中途半端に終わり半分猫のように転生した。油断すると猫の耳と尾がにょきっと生やし鼠を追いかけマタタビに酔ってしまうのだ。
 それを知っているのは師の森と友人である織田、坂口、それから相棒の中原だけだった。
 特に中原と太宰は幼い頃からの付き合いであり、太宰は猫耳を生やした姿も尾を生やした姿も、猫じゃらしにじゃれる姿も見られてしまっている。そのたびにキラキラとした目で見られるのは屈辱的だ。なぜならそんな時の中原は、それこそ太宰を「猫可愛がり」するからだ。気持ち悪いやら照れくさいやらウザったいやら悍ましいやらで太宰の感情は混迷を極める。
 だから中原に「猫っぽさ」を求められるのは酷く不愉快だった。

「やっぱり、てめぇの耳、すっげえ癒やされる」
「触んないでくれる?」
この人痴漢ですぅ、としなを作って巫山戯ると「にゃあって鳴けよ萎える」とドスのきいた声で凄まれた。理不尽極まりない。
「鳴けねえなら口閉じて黙ってモフられてろ」
耳だけでは飽き足らず太宰の髪までモフモフといじる中原の姿に「うへえ」と舌を出した。
(あー最悪。ほんっとうに最悪。
  ふわふわするし、なんか温かいし………)
太宰はモフモフふわふわとする快感に目を細めた。勿論無意識的に。
 中原は鼻を埋めながらモフモフと耳をいじる手をするりと太宰の顎の下に滑らせる。ごろごろと勝手に喉が鳴る。次いでくすくすと笑い声が頭上から聞こえ、太宰はカアッと顔に血が上ったのを自覚した。
「てめぇも、こういう時だけは、かわいい」と蜂蜜に砂糖をまぶしたような声が降ってきた。

 最悪だ、と太宰は再び呻いた。甘い甘い中原の声に脳に霧がたちこめ考えることが出来なくなる。酒臭くて不愉快なはずなのに、生温かい彼の体温が不愉快なはずなのに、自身の体も心地よい熱を持ち始める。くらくらと酩酊していく。

「だざい」
中原が両手で太宰の顔を包み込むようにして顔をあげさせた。
「、なに」
太宰がなんとか言うと、ずいと顔を近づけ「にゃあって、鳴いてみな」と嗤った。
いつの間にか密着した体。触れ合ったところからじわじわと熱がともる。マタタビを前にした時のような酩酊感に太宰は焦った。
 ガンガンと脳が警鐘を鳴らす。早くこの酔っぱらいから離れないと大変なことになるぞ、と。けれど、太宰の腕は理性を裏切り震えながら中原の腰にまわる。

「最近知ったんだが」
中原が言う。その顔に先程までの酔っぱらいの姿はなかった。
「雄の猫ってぇのは、雌猫の鳴き声で発情するらしいぜ」
手前は、どうだ?

 最初から中原は酔ってなどいなかった。騙されたのだ。そう気がついた時にはもう遅い。
「にゃあ」と耳もとで下手くそな鳴き真似が囁かれる。
 全然似てない、あざとい、むしろ萎える。そう言ってやれたらどれだけ良かっただろうかと後に太宰は渋い顔をすることになる。

 だが、鳴き声を聞いた太宰は体の内側から――奥底から濁流のように流れ込む衝動に抗うことができなかった。
 目の前の小男を押し倒しブチブチと音を立ててシャツを引きちぎった。そして欲望の兆した下半身をぐりぐりと押しつけ息を荒げた。
「っはは、だっせえの」
 ぼたぼたと太宰の口から唾液が溢れ、中原の体に垂れていく。中原はそれすらも気にせずに、不敵な笑みを浮かべて「にゃあって鳴いてみろ」と、一等甘く囁いた。
「鳴いたら、ご褒美くれてやる」
「その言葉、忘れないでよね」

 太宰は掠れた声でにゃあと鳴いた。