MAIN文豪ストレイドッグス短編

かわいいひと

 ヤキモチを妬かせたいという感情はなかなかに可愛らしい感情であると太宰治は主張したい。

 どれだけ想ってくれているか、独占したいと思ってくれているか、知りたいではないか。
 口下手・照れ屋・天邪鬼な彼が、自分だけ見てほしいと我儘を言ってくれたら最高。それが叶わなくとも積極的に愛情表現をしてくれたら僥倖。そして何より、頭を自分のことでいっぱいにしているのだと思えば天にも昇る気分だ。
 だから太宰はわざと女をひっかけ男をひっかける。そうして恋人の心が千千に乱れるのを見てほくそ笑むのだ。

「ねえ許しておくれよ。だって君がヤキモチ妬くところが見たかった。妬いてる君のブッサイクな顔大好き」と言えば、彼は「手前は信用ねえから嫉妬じゃなくて呆れだよ」と言う。
「じゃあ嫉妬してくれなかった?私のことで、頭をいっぱいにしてくれなかったのかい?」
哀れっぽく言って、子どもがテディベアを抱えるように彼を抱きしめ足を絡ませる。そうすればいつだって彼はイチコロだった。「うっ」と言葉をつまらせ、言い訳をもごもごと呟き「手前がそんな顔してっと………気持ち悪ぃ」とぽかりと叩くのだ。そして丁寧に太宰の頭を撫でる。まるで壊れやすいワイングラスの縁をなぞる手つきで太宰の頬をなぞる。

 君のその態度だって気持ち悪いじゃないか、と太宰は思うがそれは言わずに彼の首筋に顔を埋めた。マーキングするように、額をぐりぐりと押し付けて「ちゅうやぁ」と甘く囁く。少しだけ跳ねる肩に、あと一歩で彼が陥落することを予感した。
 きっとすぐに彼は太宰の熱に浮かされ、されるがまま求められるままにその身を差し出す。太宰は手の中の羊をどう調理するかを考える狼だった。じゅわりと唾液が溢れ口の端からだらだらとこぼれさせる飢えた狼だ。
 太宰はすう、と息を吸う。くらりと目眩がした。

「俺は、」と彼が太宰を甘やかすように優しく話しだす。
「俺は、手前が態と女男見境なくひっかける理由も、そのしおらしい態度が演技なのも、全部分かってるからな」
太宰はぴくりと反応して逃がすものかとばかりに腕の力を強めた。
「でも、そうやって俺にヤキモチ妬かせようと躍起になってる手前は、なかなかどうして愉快だから、許してやる」
ちゅ、と右の瞼に唇が落とされる。驚いて彼を見ると下唇を食まれた。彼は悪戯が成功したような顔で「ふはっ」と笑う。そして何度も唇を食まれ、徐々に深い口づけに変わっていった。

 太宰は彼から施される接吻をうっとりと享受する。
 ほら、やっぱり「ヤキモチ妬かせたいという感情」は可愛らしいのだ。だってあの中也がこんなに積極的に私を求めている。太宰はにんまりと笑って愛しい恋人の腰に手を回した。

fin.