MAIN文豪ストレイドッグス短編

ムード・インディゴ

死は恐るるに足らず。そう高らかに笑ったのは虚勢だ。死は恐るるに足るものである。中原はそう考えていた。戦いに身を投じているその瞬間の何とも言えない心地よさ、死と隣り合わせになった瞬間の快感は何にも代え難い。
 おそらくは、中原中也という人格と、その肉体の本当の主であるところの“試作品・甲二五八番”の持つ“破壊”の本能が合致しているのだろう。

 それでも死は恐るるに足るものなのだ。
 中原にとっての“死”が“肉体”の死なのか、はたまた“人格”の死なのかは本人でさえ判ずることができなかった。だから死を恐れた。

 もしも“人格”が消え去れば残った“甲二五八番”が“汚濁”となって暴れまわるだろう。
 もしも“肉体”が朽ち果てれば“甲二五八番”が“荒覇吐”となって暴れまわるだろう。
 どちらに転んでも中原中也という“人格”にとっては避けたいところなのだ。だって、彼という人格は横濱という街を守るべきものと位置付けていたのだから。

 そんな彼でも死にたくなるほど憂鬱な気分になることはある。横になったまま心臓が止まってしまえばいいと思う、そんな気分。青息吐息、ブルーな気分、それよりもっともっと濃い色、藍色な気分、ムード・インディゴだ。

 こういう時、彼は「ああ、死にてえ」とボヤいて寝台に横たわり惰眠を貪る。うーんうーんと唸ってぐりぐりと額を枕に押し付け、ついでに「くそ鯖木偶の棒ドサンピン太宰、死ね」と元相棒の悪口を力なく吐いて眠りにつく。そして満足するまで眠り続けるのだ。

 しかしながら、とばっちりで悪態を吐かれた件の元相棒たる太宰治はそんな彼の厄介な“ムード・インディゴ”を知っていたので、どこから嗅ぎ付けるのか、惰眠を貪っている最中の中原のもとに現れる。
「やあ、中也!ご機嫌いかがかな?」
などとニヤニヤ、チェシャ猫のような笑顔を貼り付けて中原の顔を覗き込む太宰を壁に叩き込んだことは一度や二度ではない。
 死にたいほどの藍色気分の時になぜ大嫌いな男のニヤけ顔を見なくてはならないのか。中原はぷりぷりと怒って布団の中に潜り込む。それでも太宰は布団の上から中原をぎゅうぎゅう抱きしめて、あらん限りの悪口を浴びせるのだった。
 そして、悪口の最後には必ず
「いいかい。中也、君は私が死ぬその前に死ぬんだよ」
と言うのだ。

「だってね、私は君の飼い主だし、君は私の犬だから。
 安心し給えよ。私は責任感のある飼い主だからね。私もいろいろ考えたんだ。そう、私の悲願が達成され無事に自殺が成功した暁に飼い主を失った君の処遇をね!
 だが、どんなに考えても君の飼い主として相応しいのは私しかいないじゃないか。これは困ったことになった。
 そこで閃いたのだが、君が私より先に死ねば問題ない!そうだろ?」

 まるで俳優のように語る太宰の言葉に、いつだって中原はじっと耳を傾ける。

「だからね、中也。安心し給え。
 君が死んだら、ちゃあんと、私が全部消してあげる。“汚濁”も“荒覇吐”も、私の人間失格で、君のもとに還してあげる。
 …………きっとだよ。きっと、絶対。約束さ」

 それを聞いて中原はやっと深い眠りにつく。優しい闇の中、夢の中に落ちていく。

 そして朝になれば、いつかくる、あるべき所に還るその日を忘れていつもの彼の日常を歩くのだった。