SS

愛猫家の我儘

「最近、今まで可愛がって……可愛がって?
 …………うん、可愛がっていた猫が冷たい」
そう言って唇を尖らせる成人男性を中島敦はうろんげに見やった。
「だから、なんだというんだ」としかめっ面で問う国木田独歩に同情を禁じ得ない。なぜならば唇を尖らせている成人男性もとい中島の先輩にあたる男、太宰治が次に続ける言葉を予想できてしまったからだ。そしておそらく国木田もまた、太宰の言葉を予想できてしまっているのだろうことは明白だった。

「猫が冷たくて辛いので仕事に集中できない。このままだと仕事にも影響が出てしまいそうだから休ませてほしい」
「何を言っているのだ貴様ぁ!!」

ほらやっぱり。
中島は痛むこめかみを押さえた。
すると、谷崎がひょいと顔を覗かせて「猫なんて飼ってたンですね」と口を挟んだ。なんだか意外だなァ、という言葉に中島は頷く。
猫と戯れている太宰、たとえば首輪に鈴をつけた黒猫を撫でながらまったりと炬燵に入って蜜柑をむさぼる彼の姿は想像できる。しかし世話をするとなると話は別だ。

悶々としている中島に太宰は少しばかり苦笑しながら「飼っているわけではないさ」と言った。

「気儘な野良のようだが、ちゃあんと飼い主がいるのだよ」
あの猫は飼い主にべったりでねえ。私だってお世話してあげてたのにあまり懐かなかった――否、懐いてはいたが、とかく愛想が悪かった。見てくれはまあまあで性格ブスな猫さ。
だけどね、そんなブス猫が大好きだった。飼い主に愛想振りまくくせに、こっちもチラチラ見ちゃって、可愛いったらなかったよ。アレは絶対、私の猫だった。

そこまで言って、太宰はふと、表情を曇らせる。
「それなのに、今はあんなに冷たくなっちゃってねえ……」
「猫は気儘な動物っていいますし……」
中島の言葉に大きく頭を振って「ああ、そうじゃない」と口にした。
「対応が塩なのはいつもだよ。そうじゃなく、なんかねえ……冷たいんだ。物理的に。大人になったら温かくなくなってた。抱きしめたらぬくぬくできると思ってたのにヒヤッとしてた」

聞けば、暫く預けていたその猫を数年ぶりに引き取ろうとしたら仔猫の頃と違って温かくなくなっていたそうだ。
猫にも子供体温というものがあるのだろうかなどと考える中島。「湯たんぽにならなかったー」と嘆く太宰。それは本当に「猫」なのだろうかと不審がる谷崎。いいから仕事をしろと怒鳴る国木田。

今日も武装探偵社は平和だ。