隣のクラスに変な子がいる。
大きな黒い目、ふわふわの髪、陶器のような肌。ほっそりとした首にちょこんと鎮座した顔はとてつもなく可愛らしく綺麗な顔をしている男の子だ。名前を太宰治と言う。
とてつもなく可愛らしいこの男の子は犬を飼っていて、名前をチューヤというらしい。
口を開けばチューヤ、チューヤ、チューヤ。
治くんはチューヤのことが大好きなんだね、と同級生に言われると、大嫌いだよと天使みたいな顔で笑うのだ。チューヤの写真集見せてよとねだられると、うっとりするような微笑みで「みんなもチューヤのこと欲しくなっちゃうから、駄目だよ」と言う。
しかし、これは秘密のことなのだが、私は市街で愛犬チューヤと太宰君を見てしまったのだ!
それは冬の日の事だ。
とても寒くて、甘酒を買っている両親を待っていた私はすぐにでも家に帰ろうかと思っていた。
その時だ。
赤茶色のトイプードルに引っ張られた太宰君が私の目の前を通って行ったのだ!
私は思わず「太宰君!」と声をかけた。太宰君の「ん」を発音した直後に深く後悔した。なんせ私は太宰君と話したこともないのだから。
しかし太宰君は驚いたようにこちらを見てから「B組のカワシマさんだよね」とにっこりと笑ってこちらに近寄った。私は慌てた。だって目の前にはあの太宰君がいるのだ!
太宰君は隣で「今日は一段と冷えるねえ」と世間話をしていた。なんだか頭がふわふわしてしまった私はコッソリと横目で彼を見る。鼻の頭と頬を赤くさせて、トイプードルの首輪に繋がれたリードを軽く揺すっていた。
「あっ!」と太宰君が声を上げる。見ると、私達の方へ掛けて来る赤毛のお兄さんがいた。黒い帽子に赤い髪のお兄さんだ。
お兄さんは太宰君に「はぐれるんじゃねえよ」と額にデコピンして、私の方を見た。
「こいつの、小学校の同級生か?」
「えっと……隣のクラスの、A組の、カワシマ…です」
お兄さんは「いつもコイツが世話になってるな」と笑った。なんだかとてもキザっぽくてカッコつけてて、カッコ良かった。
きっとお兄さんと太宰君は兄弟……いや、親戚なのだ。
私はなんとか二人とおしゃべりがしたくて「ワンちゃん可愛いね………ですね」と口から言葉を捻り出した。トイプードルは「何か御用でも?」とでも言うように私を見た。
「この子が、チューヤ?」
私はピンときて太宰君に訊いた。しかし私の言葉に反応したのはお兄さんの方だった。
「はぁ?」とヤンキーみたいな声を出したお兄さんにビックリした私は「太宰君がいつもワンちゃんのこと話すからそうだと思ったんですけど…」と口ごもる。
だってその時のお兄さんの顔と言ったら!
「チンピラみたいな顔しないでよ。カワシマさん怖がってるでしょう?」
太宰君がお兄さんに言う。
「手前…」
お兄さんが太宰君を睨む。そして私に「悪かった」と気まずそうに謝った。
「うふふ…僕のワンちゃんの名前、チューヤで正解だよ。
だから、そんな顔しないで。皆に僕の犬の名前はチューヤだって教えてるから、学校の皆知ってるのさ」
太宰君は天使のような笑顔でお兄さんにそう言った。お兄さんは顔を真っ赤にさせ、怒った顔をしてから私を見て恥ずかしそうにする。ころころと表情が忙しく変わるお兄さんだ。
「そういえば、お兄さんのお名前は?」
私は遅ればせながら訊いた。
お兄さんは困ったように青い瞳をくるくる動かしてから、「中原」と一言。
「太宰君とは、親戚なんですか?」
「そうだよ。お兄ちゃんはね、僕のお世話をしてくれるんだ」
お兄さんが応える前に太宰君が言う。
弾んだ声の彼は、私の耳に口を寄せて、内緒話をする。
ヒソヒソと伝えられた言葉に「えっ!」と驚くと、太宰君はとても楽しそうに「秘密にしてね。約束だよ」私の右手の小指を、彼の小指と絡ませた。
「約束破ったら、針千本のーます!」
一方的に指切りをした彼は、トイプードルを連れてお兄さんと一緒に「バイバイ」と去ってしまった。
ポツンと取り残された私は太宰君が耳打ちした言葉をゆっくり思い出していた。
「お兄ちゃんは僕の恋人さ。僕が大人になったら、お兄ちゃんは僕のネコちゃんになっちゃうの。楽しみだよねぇ」
私は重大な秘密を知ってしまったのだ!
甘酒を買って戻ってきた両親が「顔、赤いわよ」と心配したが、その理由は言ってはならない。
だって太宰君と指切りをしてしまったのだから。
この秘密は墓まで持っていく。