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ダゲレオタイプ

 ダゲレオタイプという撮影方法がある。世界最古の撮影技術であるそれは銀板に直接現像するため複写はおろか拡大、縮小もできない。そして長い露光時間を必要とする。つまり被写体は長時間にわたり体を動かさずにいなくてはならない。おまけに水銀を使用するため中毒の危険をともなうものだった。
 太宰がダゲレオタイプに魅入られたのは十八の時のことだった。荒稼ぎした真っ黒な金で必要な機材、それから撮影場所として一軒の寂れた小さな洋館を買い取り、せっせと撮影に勤しんだのだ。
 モデルとなったのは太宰の女たち。
 彼女たちは所謂“行きずりの相手”という奴で、熱い夜を過ごした翌朝にこの太宰の厄介な趣味に付き合わされた。
 はじめは熱の籠もった視線を太宰に送っていた女たちも、撮影が終わると皆一様に逃げていく。
 それも当然のことだ。
 太宰は彼女らを生まれたままの姿で四肢や首、顔、指先に至るまでを固定したのだ。まるで蝶をピンで止めるように女たちを固定し、その姿を銀板に焼き付ける。
 彼は一時間近く撮影をした。彼女らのうち、何人か(決して少なくない人数だった)は撮影後に気を失ったものだった。

 被写体となった女の数が二十を超えたころ、坂口は太宰に訊いた。何故こんな酔狂をするのか、と。
 すると太宰は笑ってこう言った。
「撮影者も、被写体も、命を削ってダゲレオタイプを撮る。安吾もそれは解るだろ?私にだって自覚はあるよ。彼女たちには拷問まがいのことを強いているってね。
 …勿論、この撮影方法は拷問などではない。
 ただね、命を削れば削るほど、写真に、魂が移る気がするんだ。昔から言うだろう?写真に魂を取られるってさ」
それから、ちょっと笑って「永遠なんてモノはこの世にないけど、こうすれば、魂が、永遠に焼き付けられるような……そんな気になれるんだ」と夢見がちに言った。

 坂口は彼らしくもないと目を細め、彼が永遠に閉じ込めておきたいモノとは何か、思案した。
 答は簡単だった。
 とある日を境に彼が撮影を止めたからだ。曰く「必要がなくなったから」とのこと。
 太宰がヒラヒラと見せた写真に写るのはレンズのこちら側を挑むような目で見る青年だった。

「彼のことは、嫌いだったんじゃ?」と皮肉る坂口に、太宰は不貞腐れたように肩をすくめる。

「嫌いだけれど、魂のほんの一部でも欲しかった」

 ポツリと力なく零れた言葉に、坂口は目の前の少年の夢見がちな計画が失敗に終わったことを悟ったのだった。