MAIN文豪ストレイドッグス短編

忍夜恋曲者っ!

 太宰治が二人になった。
 何を言っているか分からないと思うが中原中也にも分からない。

 目の前には悪魔のコスプレをした少しだけ背丈の低い太宰治と、おそらく死神のコスプレをした太宰治がいる。
「……夢、か?」
中原は目をこすり、ぎゅっと瞑り、それから目を開けた。
「夢ではないよ」
「まあ信じがたいことではあるけれど」
「現実を受け入れ給え」
二人の太宰は順繰りに口にする。
 実に受け入れがたい光景だ。太宰治一人でも相手をするのは骨が折れるというのに、二人だ。それもコスプレ紛いの仮装をしている。
 これは夢なのではないかと頬を抓ってみる。痛い。
「やだなあ、まだ疑っているのかい?」
「中也は変なところでリアリストだからね」
「そうそう。この前の共闘だってあまりに現実離れした敵を見たら冷や汗かきながら太宰ぃなんとかしてぇって泣きついちゃって。
 ……ああごめんね。君にとっては未来の話だったね」
「おや、さり気なく惚気を聞かされてるのかい?
 それとも私が中也と相棒を組んでいるのが悔しくて仕方ないのかな?」
 やはり受け入れがたい光景だった。目の前で二人の太宰がなにやら言い争っている。
「……いや、泣きついてねえよ糞野郎」
頭痛がする。頭が痛い。頭痛で頭が痛い。

 中原は混乱する頭で取り敢えず逃げようと思った。今夜は呑み過ぎたのだ。だから夢を見ている。そうに違いない。
「おや、おやおや?」
「どこに行こうというんだい?」
「此処は君の家だろう」
「変える場所なんてない癖に」
「中也は別のところにもう一部屋借りてるのだけどね。君は知らないかもしれないけどさ」
「……いちいちムカつくなあ」
左右から腕を掴まれる中原はさながら捕らえられた宇宙人のごとし。嗚呼、なぜこんなことに。中原はぐったりと項垂れた。

 確かに今日は呑み過ぎた。しかも心なしか部下に途轍もなく絡んだような記憶もないわけではない。
「きっと中也はなんでこんなことになったんだって思ってるんだろうけどさ」
「考えたって無駄だよ」
「楽しむのさ」
左右の耳から吹き込まれる太宰の声に脳みそが溶かされるような感覚を味わう。
「だからって、手前……いや、手前が太宰治であるとは限らねえだろ」
中原はこいつは太宰治の偽物か、或いは自分が異能にかかっているに違いないと目の色を変えた。

 そんな中原の様子に二人の太宰は不愉快そうにため息をついた。
「そういう野暮なこと考えるの止めなよ」
「そうそう。今日は万聖節だ。不思議な事が起こる日だよ」
でも、それでも君が私達を疑うなら―――。

 二人はチェシャ猫のような微笑みで中原の体を押さえつける。
「こういうトンデモ展開の時の身の振り方をじっくり教えてあげよう」
「異能とか、罠とか、そんな野暮なことは考えずに、楽しいことしようじゃないか」
「君はただ私に鳴かされてればいいの」
「…………鳴っ?!」
中原は腹や内腿に手を這わされハッと正気に戻される。
「手ッ前!!なに触ってんだ!」
「なあに、面倒くさいなあ。初心なフリするの止めなよ」
「昨日だって私に抱かれてた癖に」
「……それ自慢?」
「自慢だよ?」
太宰二人は口喧しくするが、流石太宰というべきか、器用にも中原の身体をまさぐる手の動きはそのままだ。
 腹に、内腿に、尻に、胸に、太宰の手が這う。確実に中原の官能を煽る動きに体に火が灯る。
「あれあれ、中也、感じちゃってる?」
「意味わかんないまま気持ちよくされちゃって食べられちゃうなんて、エロ同人みたいだね」
「もしかしてエロ同人的展開が嬉しかったりするの?」
「じゃあ期待にこたえないとねぇ」
「大丈夫!君、無駄に体力あるし私達二人がかりだからきっと満足できるよ」
にこにこと微笑みぐりぐりと腰を押し付けてくる悪魔のコスプレをした太宰に、頬ずりをしながら中原の指を口に含みねっとりと舐めあげる死神のコスプレをした太宰。右を見ても太宰。左を見ても太宰。
「っっ――――!!」
中原は顔を茹でだこのように真っ赤にさせて「この変態野郎!!」と叫んだ。

 ここで一つ明確にしておかなくてはならないが、太宰治と中原中也は十代半ばの頃からズルズルと体の関係を持ったままセフレと呼べばいいのか恋人と呼べばいいのか、なんとも爛れた関係を築いていた。お互いにお互いの感情――つまり恋愛感情があることは承知している。しかし面と向かってそれを告げるなどということは一度としてなかった。
 つまり、中原は太宰のことが好きで好きで仕方がなかったのだ。大嫌いだと叫びながら、太宰が目の前にいれば見えない尻尾をめいいっぱいに振っている殴る蹴るの暴行を加えることがあっても、本気で死ねば良いのにと思うことがあっても、悲しいかな、中原中也は太宰治のことが好きだった。

 だから、目の前に太宰治が二人いて、自分を巡って口論をして、二人して自分の体を愛撫するなどということは、ご褒美以外の何物でもない。
 しかしそれ自体が癪なのだ。太宰が好きで好きでたまらない一方で太宰に負けたくないという大きな感情。
 抵抗しなければという感情と、抵抗したくないという感情。

 そしてそのことが太宰に筒抜けなのが彼の一番の情けないところなのだった。
 二人の太宰は顔を真っ赤にして怒る中原をにやにやと笑いながら見つめてキスの雨を降らせる。
「照れなくてもいいよ」
「いや、照れてるほうが燃えるかも」
「だから、ね?」

「「一緒にイケナイコトしよう?」」

(ああ、畜生!こんなの、反則だ!)
 中原は「どうにでもなれ」と叫んで二人を受け入れた。
 夜は始まったばかりだった。

  fin?