MAIN文豪ストレイドッグス短編

黄鶯睍睆

黄鶯睍睆 うぐいすなく

「ほれ、お前にこれをやろう」
艷やかな紅色の髪を結い上げた麗人が太宰に渡したのは竹で作られた鳥かごだった。

 覗き込むと茶色の小鳥と目が合った。ぴちゅぴちゅと鳴きながら小首を傾げる。太宰は無意識に息を呑んで小鳥の小さな瞳を見つめていた。

「紅葉さん、これ……」と太宰が鳥かごを持つ女――尾崎紅葉を見ると「うぐいすじゃ」とどこか満足げに言う。
「愛らしかろう。うぐいすは春告鳥とも呼ばれる。可愛がっておあげ」
「………春告鳥」
太宰は唇をへの形に曲げた。僕は春まで生きてゆく心算なんてこれっぽっちもないのだ。この寒く暗い冬のうちに死んでしまいたいのだ。それなのに大人ときたら!

「わっちの大切な小鳥、春まで預かっておくれ」
ゆったりと笑う彼女に食えない笑みを浮かべる闇医者を見て、いよいよ太宰の機嫌は地を這った。



1



 ホーホケキョ、と口笛を吹く。
 うぐいすも真似をしてホーホケピッ!と下手くそな鳴き声を披露した。
「下手くそだねえ」
「ぴちゅぴちゅ」
「聞けば、君、雄なのだろう。うまぁく歌えなければ女性にフラレてしまうよ」
「ホーーー……ホケッ!」
なんとも間の抜けた鳴き声を披露され、太宰はふはっとこれまた気の抜けた笑い声を漏らす。下手くそ、下手くそ、あゝ、下手くそだねえ君は。
 くすくすと笑いながら指先でツンと籠を突く。うぐいすはキョトンとしながら首を傾げて「ぴちゅ……」と返事をした。


 数日後、ヨコハマに雪が降った。絶好の自殺日和だと太宰が外に飛び出すと、丁度、森と尾崎が並んで何事か話していた。太宰の自殺モチベーションはみるみる下がり、後には漠然とした希死念慮だけが残る。
「おや、太宰くん」
森がへらりと笑う。
「散歩かえ?」
尾崎はにこりともせずに問う。
「いいご身分じゃなあ。こんな時に、森殿の側におりながらお前は組織に属しておらぬ故にぬくぬくと……」
眉間に皺を寄せて嫌味を吐く尾崎。そんな姿さえ美しいのだから美人は得だよね、と太宰は神妙な顔で考えた。
「まあまあ……。太宰君は私の保護下にあれど庇護を必要とはしていないもの」
森が苦笑しながら尾崎を宥めた。

「僕、森さんじゃなくて紅葉さんのもとにつくなら、組織に入ってもイイかも」
「えっ」
「お前のような小生意気な餓鬼、わっちはお断りじゃ」
「えっ」
「ちぇー。つれないなあ」

太宰と尾崎をせわしなく見比べてわざとらしく「太宰君ひどいなあ」と嘆く森。彼を無視して尾崎はころころと笑う。
「でも………そうさなあ……。
春になってあの春告鳥をわっちのところに届けてくれたら、考えてみんでもないわ」
もともと名目上、春まで「預かって」いる鳥だ。それ考える気ないよね、と太宰はほんのちょっぴりむくれてみせた。

 まだまだ春には遠い、冬のある日のことだった。